最近、大雨が続いていますね。
ニュースで川の水位を見るたびに、私はいつも「ああ、またこの時期が来たな」と、少し身構えてしまいます。
有料老人ホームで栄養士をしていた頃、3年連続で水害に遭ったからです。
栄養士の仕事というと、献立を立てて、発注して、厨房を回して——という日常を想像する人が多いと思います。でも実際の現場では、その“日常”が、一晩で根こそぎ奪われることがあります。
そして、栄養士のしんどさって、人間関係や激務だけじゃありません。こういう「想定していなかった災害」で、心も体も静かに削られていくことも、現場にはあるんです。
今日は、きれいごと抜きで、私が体験した高齢者施設の水害のリアルを書きます。これから施設で働く人や、同じように災害と向き合う栄養士さんに、少しでも役に立てばと思います。
「まさか」から始まった、1年目の水害
最初の年は、正直、何も想定していませんでした。
「うちの施設が水につかるなんて、あるわけない」——どこかでそう思っていたんです。でも、災害はいつも、その「まさか」から始まります。
気づいたときには、あらゆるものが水につかって、使えなくなっていました。厨房の機器も、食材も、書類も。普段あたりまえに使っていたものが、ただの“濡れたゴミ”になっていく。あの光景は、今でも忘れられません。
その日、私は太ももまで水に浸かりながら出勤しました。「行かなきゃ、入居者さんのごはんが止まる」——頭にあったのは、それだけでした。
水が来たあと、現場で起きていたこと
水害のあと、施設の中では何が起きるのか。実際に経験したことを、具体的に書きます。
① 備蓄食への切り替え
普段の調理ができなくなるので、すぐに備蓄食へ切り替えます。このとき初めて、「備蓄って、ただ置いておけばいいものじゃない」と痛感しました。何が、どれだけ、どこにあるか。誰が出すか。お湯は使えるのか。——日常が止まった瞬間に、その“段取り”が全部問われます。
② 4階までの“バケツリレー”
水で1階の動線が使えなくなり、食事を4階まで人力で運ぶことになりました。重い食事を、階段で、何往復も。栄養士の仕事は体力勝負なことが多いですが、これは想像をはるかに超えていました。
③ エレベーター故障という、想定外の追い打ち
これが、いちばん堪えました。
入居者さんは認知症で、でも動ける方がほとんど。私たちは「エレベーターが水につからないように」と必死で守っていたんです。ところが——わざわざ使われてしまい、故障。
そこから約1週間、4階まで全部、人力で食事を運ぶ生活が続きました。
誰が悪いわけでもありません。認知症の方にとっては、いつものエレベーターを使っただけ。でもこの一件で、「災害時は、自分たちの“想定”の外側で物事が動く」ということが、ようやく理解できた気がします。
水害は、施設の栄養士にとって何が大変なのか
経験して分かった、水害の本当の大変さを整理します。
- 「食事は止められない」というプレッシャー…どんな状況でも、入居者さんは1日3食、待っています。災害だから今日はナシ、が許されない。
- 動線が消える…水で1階が使えなくなるだけで、配膳も搬入も全部崩れる。
- 想定どおりに動かない…守っていたエレベーターが壊れる。電気・ガス・水が、どれか欠ける。
- 体力勝負になる…最後は「人力でどこまで運べるか」になる瞬間が、本当に来る。
施設栄養士の防災は、「マニュアルを作って終わり」ではなく、“その通りにいかない前提”で備えることなんだと、現場で学びました。
3年でようやく、「備蓄の本当の意味」が腹落ちした
正直に言うと、1年目は備蓄の意味を、頭でしか分かっていませんでした。それが、3年連続で水害を経験するなかで、経験として理解できるようになりました。
なかでも、私が「これは効く」と確信したのが——備蓄食とは別に、使い捨ての弁当箱を2週間分そろえておくことでした。
意外に思うかもしれません。でも、これには現場で痛感した理由があります。
理由①:水害のときは、水が使えない
水害というと「水だらけ」のイメージですが、現場はむしろ逆です。下水が流れなくなるので、水を使えません。つまり、食器を洗えない。普段どおりの食器を使えば、洗えない汚れた食器が、どんどん溜まっていきます。
理由②:洗わなくていい、が最大の強み
使い捨ての弁当箱なら、食べ終わったら捨てるだけ。洗浄という工程が丸ごと消えるんです。これは、水が止まった現場では本当に大きい。
理由③:人員の差が、はっきり出る
ここが、いちばん伝えたいところです。
- 弁当箱なら、ごはんを詰めて、まとめて運べる。片付けはごみ袋を1つ下ろすだけ。
- 普通の食器なら、使い終わった重い食器を、また数人がかりで上の階から運び下ろすことになる。
同じ食事提供でも、そこに割かれる人員の数がまるで違う。ごみは確かにたくさん出ます。でも、災害時にいちばん足りないのは“人手”です。「ごみ袋1つ」と「重い食器を運ぶ数人」を天秤にかければ、答えははっきりしています。
弁当箱だけじゃない。一緒にそろえておくべきもの
実際に運用してみて、「これもセットで要る」と分かったものがあります。これから備える人は、ここまで一式で考えてください。
- 蓋つき・仕切りありの弁当箱…仕切りがあれば、おかずカップを使わずに済む。カップを敷く手間も、ごみも減らせる。
- 割りばし/使い捨てスプーン・フォーク…食器を洗えない以上、カトラリーも使い捨てが前提。
- 箸が使えない方用のスプーン類…高齢者施設では、ここを抜かすと「食べられない人」が出ます。
- 紙コップ…これも洗わずに使える。水分補給に必須。
そして、忘れてはいけないのが人手です。
私のところは給食委託会社でしたが、毎食、全員分を弁当に詰めるのは本当に大変でした。だから私自身、栄養士という立場でも、ずっと盛り付けの手伝いに入っていました。災害時は「自分の担当業務だけ」では回りません。厨房職員も栄養士も、手が空いた人から詰める——そういう現場でした。
「汁物が出せない」を、介護職と一緒に乗り越えた
もう一つ、弁当に切り替えて気づいたことがあります。
お弁当になると、汁物がつけられない。
普段なら汁物やお茶で自然にとれていた水分が、ごっそり減るんです。高齢者にとって、これは脱水につながりかねない、見過ごせない問題でした。
そこで、水分補給を意識的に促すことを、介護職に手伝ってもらいました。食事の場面で「お茶もどうぞ」と一声かけてもらう。紙コップで、こまめに。栄養士だけ、厨房だけでは届かないところを、他職種と分担して支える。災害対応は、最後は「職種をまたいで助け合えるか」にかかっているのだと、このとき実感しました。
おわりに|大雨のニュースを見るあなたへ
水害は、本当に大変でした。太ももまで浸かって出勤した日も、階段を上り続けた日も、全員分を弁当に詰め続けた日も、思い出すと今でも体が重くなります。
災害対応のような“まさか”の場面で、栄養士はよく、自分でも気づかないうちに限界まで頑張ってしまいます。もしあのとき、太ももまで浸かって出勤した自分に声をかけられるなら——「よくやってる。でも、自分の身も、ちゃんと守っていいんだよ」と言ってあげたい。
備えることは、入居者さんのためだけじゃなく、“その日のあなた”を守るためでもあります。
もし今、あなたが高齢者施設で働いていて、大雨のニュースに胸がざわつくなら——その感覚は、正しいです。「まさか」ではなく「もしかしたら」で、一度だけ、施設の備蓄と動線、そして使い捨ての食事グッズを見直してみてください。
それが、いつかの、あなたと、入居者さんを守ってくれます。
今日も読んでくれて、ありがとうございました。

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